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zoom RSS [東北ツーリングH] 中尊寺を見ました

<<   作成日時 : 2008/09/07 21:24   >>

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岩手県にある平泉町の中尊寺にやってきました。建物に覆われた「金色堂」は撮影不可でしたがやはり見てよかったと思えました。

画像


京都の金閣寺、平泉の金色堂。
どちらもやはり相当の財力がないと実現できませんよね。

ところで、この金色堂に象徴される、平泉周辺に力を持っていた「奥州藤原氏」についてですが、僕にはひとつの疑問がずっと頭を離れませんでした。

それは、「なんで『藤原氏』が今の岩手県の地にいたのか?」という疑問でした。

藤原氏と言えば、京都で優雅に和歌でも唄ってる貴族のイメージがあります。
それがなんで東北の現在の岩手県にいたのか?
これが気になって仕方がない。

なのでウィキペディアを読みましたが、どうも詳細はわかっていないようです。
おそらくは、藤原清衡のじいちゃんの「藤原頼遠」という人が、京都から左遷されてきたのではないか、と考えられているようですが、確かではないようです。
うーん、気になる!
日本史もまだまだ謎がいっぱいですね。

中尊寺を出た後は仙台まで南下して、作並温泉の「岩松旅館」でここ数日の旅の疲れを癒しておりました。
ツーリング中はビジネスホテルばかりで味気なかったので、最後にこの旅館に泊まって非常に満足できました。
次で(ようやく)東北ツーリング記終了です。

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コメント(2件)

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Wikipediaを見ると安倍氏・清原氏といった俘囚(東北地方の先住民系の豪族)が後に藤原氏を名乗ったようですね。そんな事より平安時代のエル・ドラドとも言える奥州の中尊寺の金色堂は流石ですね。
薩摩おいどん
2008/09/08 21:30
そこです!彼らは本当に俘囚なのか(京から来た可能性は?)、俘囚だとしてもなぜ藤原を名乗ったのか、名乗りが許されたのか、なぜ平泉なのか?などなどが、いまだに気になってます!

金色堂は別の建物(「覆堂」というみたい)の中に「収納」されて守られていたというのが面白かったです。寺社好きにとって、この岩手のエル・ドラドは一度は見ておくべきところだと思いましたよ。
ハカセ
2008/09/11 21:37

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